記事のアーカイブ
神の国の望み
2014年11月14日 12:44
【ローマ8:18】
8:18 わたしは思う。今のこの時の苦しみは、やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、言うに足りない。
私達は苦しみのとき、そのあまりの苦しさに神を見上げるとき、今ある全てを超えて苦しみの先にある圧倒的な後の日の栄光を見ることがあります。
それは主からの最高の望み、主と顔と顔を合わせてまみゆる日(1コリント13:12)、やがて私達が御国にある日を、先取ってこの地で味わうのです。
【黙示録7:9-17】
7:9...
神の御旨の祈り
2014年11月12日 22:23
【1ヨハネ5:14,15】
5:14 わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。
5:15...
天に生きる私達
2014年11月10日 12:10
【ヘブル11:13-16】
11:13 これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。
11:14 そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。
11:15 もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。
11:16...
共に歩まれる方
2014年11月07日 12:04
【ヘブル2:17,18】
2:17 そこで、イエスは、神のみまえにあわれみ深い忠実な大祭司となって、民の罪をあがなうために、あらゆる点において兄弟たちと同じようにならねばならなかった。
2:18...
主を知っていますか?
2014年11月05日 12:29
【マタイ22:41,42】
22:41 パリサイ人たちが集まっていたとき、イエスは彼らにお尋ねになった、
22:42 「あなたがたはキリストをどう思うか。だれの子なのか」。彼らは「ダビデの子です」と答えた。
「あなたがたはキリストをどう思うか(マタイ22:42)」
この言葉にどう答えるかによって、私達の未来は決定します。
そして今の生き方が自体が変わるのです。
この質問を主イエスがされたときは、パリサイ人が主イエスに集まり信仰問答をしているときでした。
【マタイ22:15】
22:15...
死から結ぶ命の実
2014年11月02日 19:05
聖書箇所: ヨハネ12:24-26,コロサイ1:9-11
主がこの地に、この国に来られる時、主が私達に望んでおられる実を結んでいるということ。
枯れたいちじくの喩えに表される主のその切なる願いが、私達のうちでどのようにして成し遂げられていくのか。
つまり、いかにして実を結ぶのかということについて、今回も分かち合っていきたいと思います。
主が望まれる実は私達のそのままの状態で結ばれるものではありません。
なぜなら、私達の自らの力で自らのために生きようとする肉の思いは良い実を結ばせることはないからです。
それは肉の思いは死であり、神に敵対するものであるからに他なりません。
ですから、私達はこの自
勝利する信仰者
2014年10月31日 12:37
【ヨハネ16:33】
16:33...
自分という偶像
2014年10月30日 11:55
【申命記4:23-31】
4:23 あなたがたは慎み、あなたがたの神、主があなたがたと結ばれた契約を忘れて、あなたの神、主が禁じられたどんな形の刻んだ像をも造ってはならない。
4:24 あなたの神、主は焼きつくす火、ねたむ神である。
4:25 あなたがたが子を生み、孫を得、長くその地におるうちに、道を誤って、すべて何かの形に刻んだ像を造り、あなたの神、主の目の前に悪をなして、その憤りを引き起すことがあれば、
4:26...
愛ゆえの低すぎるハードル
2014年10月28日 12:49
【列王記下5:8-14】
5:8 神の人エリシャは、イスラエルの王がその衣を裂いたことを聞き、王に人をつかわして言った、「どうしてあなたは衣を裂いたのですか。彼をわたしのもとにこさせなさい。そうすれば彼はイスラエルに預言者のあることを知るようになるでしょう」。
5:9 そこでナアマンは馬と車とを従えてきて、エリシャの家の入口に立った。
5:10 するとエリシャは彼に使者をつかわして言った、「あなたはヨルダンへ行って七たび身を洗いなさい。そうすれば、あなたの肉はもとにかえって清くなるでしょう」。
5:11...
実を結ぶ信仰
2014年10月26日 19:10
聖書箇所: ヨハネ15:1-17
主はご自身のこの地に来られる時を定め、その時までに私達が実を結んでいることを望まれます。
その時とは、終末の様相つまりそれは罪が熟する様相をであり、その熟する時が来たならば、主が来られるのは近いというものです。
その意味からするならば、この国の重ねてきた罪が今まさに熟する様相も、主ご自身が来られる時が来ていることを知らせるものであると言うことができます。
主は救いを持ってこの地に来られることは、同時に裁きを持ってこの地に来られるということであり、私達が実を結んで主をお迎えするか否かで、どのように主をお迎えする立場となるかがはっきりするというものです。
そ
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