記事のアーカイブ

祝福の地に生きる

2015年01月14日 11:08
【申命記11:10-16】 11:10 あなたがたが行って取ろうとする地は、あなたがたが出てきたエジプトの地のようではない。あそこでは、青物畑でするように、あなたがたは種をまき、足でそれに水を注いだ。 11:11 しかし、あなたがたが渡って行って取る地は、山と谷の多い地で、天から降る雨で潤っている。 11:12 その地は、あなたの神、主が顧みられる所で、年の始めから年の終りまで、あなたの神、主の目が常にその上にある。 11:13 もし、きょう、あなたがたに命じるわたしの命令によく聞き従って、あなたがたの神、主を愛し、心をつくし、精神をつくして仕えるならば、 11:14...

主の日に備える

2015年01月11日 19:11
聖書箇所: イザヤ52:7 主が来られるということは二つの意味を持ちます。 主の救いと主の裁き。 このことが主が来られるということにより、同時にそしてはっきりと明らかにされます。 そこに中庸は存在しません。主に従うか、主を退けるか。 なぜなら、主はこの地にご自身の王座を置かれるため、つまりご自身の正と義によりこの地を統べ治めるためにこの地に来られるからです。 多くの人はリバイバルということを自らに都合の良い側面だけで捉えがちであり、ただ教会に人が増えていくということだけを思いがちです。 しかし、そこには主の明確なご計画が存在し、また私達が軽薄に踏み込むことのできない、主の厳粛な深い御思い

日々忠実に歩む

2015年01月07日 11:06
【ヤコブ4:13-17】 4:13 よく聞きなさい。「きょうか、あす、これこれの町へ行き、そこに一か年滞在し、商売をして一もうけしよう」と言う者たちよ。 4:14 あなたがたは、あすのこともわからぬ身なのだ。あなたがたのいのちは、どんなものであるか。あなたがたは、しばしの間あらわれて、たちまち消え行く霧にすぎない。 4:15 むしろ、あなたがたは「主のみこころであれば、わたしは生きながらえもし、あの事この事もしよう」と言うべきである。 4:16 ところが、あなたがたは誇り高ぶっている。このような高慢は、すべて悪である。 4:17...

リバイバルの来る日

2015年01月04日 19:49
聖書箇所: ヨエル2:28-32 預言書には、多くの主が来られる日について語られているところがあり、それは主の再臨の日に関しての預言として捉えることもできますが、一定の地域、時代、国にもたらされる神の関与、信仰復興を基軸とした、神の大きな変革が、神が臨まれるということから、神の絶大な力を以て成し遂げられる様、リバイバルの様相が語られる箇所として見ることもできます。 殊にヨエル書は、このリバイバルということに関与して、主の霊が注がれるということについて語られている預言です。 そして、その預言の一端はすでに初代教会が誕生した時、聖霊が傾注し、主イエスが天に昇られるその時に語られた言葉の成就と

始めの日に

2015年01月03日 19:48
【出エジプト12:1-20】 12:1 主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、 12:2 「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年の正月としなさい。 12:3 あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。 12:4 もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。 12:5...

永遠の救いの喜び

2014年12月31日 10:44
【イザヤ25:6-9】 25:6 万軍の主はこの山で、すべての民のために肥えたものをもって祝宴を設け、久しくたくわえたぶどう酒をもって祝宴を設けられる。すなわち髄の多い肥えたものと、よく澄んだ長くたくわえたぶどう酒をもって祝宴を設けられる。 25:7 また主はこの山で、すべての民のかぶっている顔おおいと、すべての国のおおっているおおい物とを破られる。 25:8 主はとこしえに死を滅ぼし、主なる神はすべての顔から涙をぬぐい、その民のはずかしめを全地の上から除かれる。これは主の語られたことである。 25:9...

永遠に主の宮として

2014年12月28日 19:35
聖書箇所: 列王記上9:1-9 この国は長い平和の時を与えられ、また豊かになりました。至る所焼け野原で、皆貧しかった国に主の福音は語られ、多くの人々が救われましたが、その豊かさは神を必要としなくても豊かに幸せに生きる生活をもたらし、多くの人々が神から離れていきました。 またクリスチャンに対しても、主は同様に語られ、自らの豊かで平和な生活に心を向け、そのような時だからこそ、主の福音を迫害の中ではなく、平和の内に語り広めることが可能であったのに、滅び行く多くの人々のために身を尽くすことをしなかったことを士師記2章をもって強く指摘されています。 今主はこの恵みの時が、もはや滅びへと日一日近づい

天地に賛美が響く時

2014年12月25日 12:21
【ルカ2:13,14】 2:13 するとたちまち、おびただしい天の軍勢が現れ、御使と一緒になって神をさんびして言った、 2:14...

拒絶された救い主

2014年12月23日 12:43
【ルカ2:6,7】 2:6 ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、 2:7 初子を産み、布にくるんで、飼葉おけの中に寝かせた。客間には彼らのいる余地がなかったからである。 救い主の存在は人を必ず二つに分けてしまいます。 彼を受け入れる者と、彼を拒絶する者。 彼の存在はその生まれたときから、このことをはっきりとさせていました。 人は彼が生まれてくるのを拒絶したのです。 拒絶された救い主それがイエスキリストです。 【ヨハネ1:9-13】 1:9 すべての人を照すまことの光があって、世にきた。 1:10...

小さな者への福音

2014年12月21日 19:34
聖書箇所: ルカ2:1-20 救い主の降誕のとき、主にお会いすることので来たのは、人の目にそれがふさわしく見えるような、地位の高い者や、知識人、豊かで華やかに着飾った人など、この人だからと思わせるようなものを持った人ではありませんでした。 むしろ、それらを全く持たない者、心渇き、命に飢え、知恵もなく、貧しく、暗黒の中に希望無くおり、罪深い者達でした。 それは救われる前のあの日の私達と変わることはありません。 この小さい者達にしか飼い葉桶の中に眠るキリストに、また大人になった主イエスご自身に、出会えませんでした。 いや会えたとしても彼を救い主として迎え入れることはできませんでした。 それは
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