私達の内に主は来られる

2015年08月16日 19:44

聖書箇所: 黙示録22:10-20

聖書の最後の書を読めばわかるのですが、神はそのご計画の結論を結婚の奥義という神と人が永遠に一つに友に住まう天国が完成する姿に置きました。
そしてその麗しい姿を最後に描くと同時に、私達がこの日のために主の名を「来たりませ」と呼ぶことを命じられました。
それは一日も早く神のこのご計画が進み、完成することを望んで生きるようということと同時に、主ご自身がこの呼びかけに答え、この計画に先んじて来続けてくださることが、つまりは私達の内に主が住まわる恵みが日々明らかに私達の内に現されるよう、主の名を呼ぶことを望んでおられるのです。
主は花嫁の呼ぶ声を聞くことを望み、ご自身を先んじてその愛の内に私達に現し、その栄光を、恵みを、命を、愛を現して下さる。
そしてそこに王なる方の麗しき統治(神の国)がこの地に顕れるのです。
私達はその中に喜びこの地において、主を待ち望み生きているキリストの花嫁、主の教会です。

今回は私達教会の本質、主の花嫁として、主の名を呼ぶことについて、共に深く主の御声に耳を傾けていきたいと思います。


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